連載小説「いしのわた」8話

建設組合

 

茂夫は建設関係の労働組合に入っていた。

「茂夫、土建組合は病気してもタダだから入れ」

と親方に言われて二十年前には入っていた。

毎月の組合費と健康保険料を近くの世話やきに届けるのは面倒だったが美代子が組合の寄り合いなどに出ていた。労働組合といっても会社などとの組合と違い職種・地域別の日本ではあまりみられない構成の労働組合だった。

組合費と健康保険料を班長さんに届け寄り合いの時に言われた。

「奥さん、石川さんの具合はどうですか」

「がんセンターで手術が終わり家で治るまでいます」

美代子は余命の事は誰にも話さなかった。また、自分の口から余命という言葉は無かった。

班長が組合の話が終わってから

「石川さん、組合から見舞金が出るけど申請用紙は持ってこなかった」

美代子は入院が無料というのは解ったが見舞金が出ることは知らなかった。ビックリした。

「石川さん、知らないなら早く組合事務所に行った方が良いからね。私からも担当者に電話しておくから」

茂夫と美代子は組合事務所にタクシーで駆けつけた。十二月になり北風が吹いていた。事務所は建て替えとかで役所の出張所よりも大きかった。健康保険や組合共済から入院見舞金の申請に来たのだった。慣れない場所なので緊張してニ階に上がった。受付カウンターの国保という場所で待った。

「今日はどのような要件でいらっしゃいましたか」

髪が長く色白の女性職員が声をかけてくれた。茂夫は受付ソファーで痛む身体で座っていた。

美代子は病院でもらった診断書を見せた。病気で休むと国保組合から見舞い金が入院期間、共済会からは入院期間、退院しても働けるまで保障制度があるのでその手続きをしていた。なによりも入院も通院も無料なので本当に助かった。

 

髪が長い若い女性職員がテキパキと手続きをはじめてくれた。

国保組合や共済会の終わって帰ろうとしたときに中年男性の書記に呼び止められた。仕切りに囲まれた相談室に座った。名刺には松本宏と書いてあった。松本はお父さんの病気について話したいという。

「石川茂夫さんの病気は中皮腫と聞きましたが間違いありませんか」

松本に美代子はがんセンターで書いてもらった診断書を見せた。

「石川さんこの病気はアスベストが原因の病気ですよ。アスベストが原因で発症する病気です」

美代子はがんセンターの医者の一言を思い出した。

 松本は

「お父さんの仕事を教えてください」

メモを取り始めた。

「お父さんは大工です」

「大工といってもどんな仕事内容ですか」

「内装大工として都立大泉病院やマンション」

松本は続けた。

「仕事での建材はだいたいわかりますか。例えばトムレックス、波板スレート、板        ・・・・・」

「アスベスト労災の疾病は五つあります。石綿肺、原発性肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚、石綿胸水です。この五つの病気のなかでも中皮腫はアスベストを吸った人しかならない病気です」

平成十六年六月二十九日、アスベスト製造企業のクボタがアスベスト被害の公表した日からアスベストの危険性が日本列島を襲いアスベストパニックとなった。石川はその前年に中皮腫に罹患したのでアスベストが身体に悪いという意味を受け止められなかった。

松本はクボタショック以前から組合員の職業病相談にのり十数人人を超す労災認定者の手伝いをしていた。

 

「労災補償ですので労働者でなければ申請できません。石綿肺は粉じん現場での全労働者期間のうちおおむね半分以上。肺がんは一般的に十年以上。中皮腫は一年以上となっています。厚生年金とか失業保険を会社で掛けていればそれが証明になるのですが、建設労働者にはほとんどそのようなことがないので自分で証拠を集めて提出しなければならないんですよ」

茂夫と美代子は良く理解出来なかったがうなずくだけだった。茂夫は絞り出すような声で話した。

「私は労災保険に入ったことはないんですけど・・・・」

松本は柔らかい顔をしていたが強い口調で語りかけた。

「石川さんは労働災害に適用になります。労災保険は元請けが掛ける制度で、手間で働いた期間が労働者になります」

「労災保険が適用になれば医療費が認められ、休業補償もでます。お父さんに万が一あれば遺族年金も給付されます。労災申請をしましょう」